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横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)25号 判決 1996年3月25日

神奈川県鎌倉市津一〇四〇番地八〇

原告

倉石賛次

同所

原告

倉石喜久子

右両名訴訟代理人弁護士

前田幸男

神奈川県平塚市松風町二番三〇号

被告

平塚税務署長 近藤恒夫

神奈川県鎌倉市由比ケ浜四丁目六番四五号

被告

鎌倉税務署長 堀辰雄

右両名訴訟代理人弁護士

池田直樹

被告両名指定代理人

伊東顕

鈴木一博

清住硯量

根岸良一

中澤彰

小笠原英之

柏倉幸夫

櫻井和彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告平塚税務署長が、原告倉石賛次に対して、平成二年三月二七日付けでした、同原告の昭和六二年分所得税の更正処分のうち、納付すべき税額八一八万七五〇〇円を超え、かつ納付すべき税額二六三五万五〇〇〇円を超えない部分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、過少申告加算税二二一万八五〇〇円を超えない部分をいずれも取り消す。

二  被告鎌倉税務署長が、原告倉石喜久子に対して、平成二年一〇月一八日付けでした、同原告の昭和六二年分所得税の再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、賃借して居住していた建物及びその敷地を賃貸人から譲り受け、それらを直ちに転売して一億一一四〇万円の差益を得た原告ら夫婦が、これを租税特別措置法(以下「措置法」という。)三五条一項の居住用財産の譲渡所得の特別控除に該当するものとして確定申告をしたところ、被告らから、右差益は同法三二条の分離短期譲渡所得に該当するとして、更正処分(倉石喜久子(以下「原告喜久子」という。)については再更正処分)及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、これら処分の取消しを求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告倉石賛次(以下「原告賛次」という。)は、昭和五二年一一月一日、清水始(以下「清水」という。)から同人所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)上にある同人所有の同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃借し、原告らは本件建物に居住していた。

2  原告らは、昭和六一年一一月一〇日、本件土地及び本件建物(以下これらを併せて「本件土地建物」という。)を、清水から代金二億五〇〇〇万円で買い受ける旨の契約を締結し、同日、手付金として五四〇〇万円を支払い、翌年二月二〇日、残金一億九六〇〇万円を支払った。

一方、原告らは、本件土地建物を、昭和六一年一一月一〇日、有限会社藤産業(以下「藤産業」という。)に対し、三億六一四〇万円で転売する旨の契約を締結し、同日手付金六二〇〇万円を受け取り、翌年二月二〇日に二億〇八〇〇万円、同日二三日に残金九一四〇万円を受け取って、同日藤産業に対し、本件土地建物を引き渡した。その結果、原告らに一億一一四〇万円の譲渡益(以下「本件譲渡益」という。)が生じた。

3  原告らは、本件譲渡益は、措置法三五条一項に規定する居住用財産の譲渡所得の特別控除に該当するものとして、昭和六二年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税につき、昭和六三年三月一五日、別表一、二の確定申告欄記載のとおりそれぞれ確定申告をした。

4  原告賛次の申告に対し、被告平塚税務署長は、本件譲渡益は措置法三二条に規定する分離短期譲渡所得に当たるとして、平成二年三月二七日付けで別表一該当欄記載のとおり更正(以下「原告賛次に対する更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「原告賛次に対する決定処分」という。)をした。これに対して原告賛次が同年五月二八日に異議申立てをしたところ、被告平塚税務署長は、同年八月二八日付けで原告賛次に対する更正処分及び決定処分につき、一部を取り消す旨の異議決定をした。

原告賛次は、同年九月二八日審査請求をしたが、平成五年三月二二日、右審査請求を棄却する旨の裁決がされた。

以上に関する経緯は別表一のとおりである。

5  原告喜久子の申告に対し、被告鎌倉税務署長は、本件譲渡益は原告賛次に対する関係で措置法三二条に規定する分離短期譲渡所得であるとして、平成二年八月二日付けで別表二該当欄記載のとおり分離短期譲渡所得の金額を零円とする更正を行った後、同年一〇月一八日付けで、分離短期譲渡所得の金額を四一六五万円とする再更正(以下「原告喜久子に対する再更正処分」といい、原告賛次に対する更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「原告喜久子に対する決定処分」といい、原告賛次に対する決定処分と併せて「本件各決定処分」といい、本件更正処分等と併せて「本件決定等」という。)をした。これに対して原告喜久子が同年一二月一七日に異議申立てをしたところ、平成三年二月一日、右異議申立てを審査請求とみなす旨の合意がされ、同五年三月二二日、右審査請求を棄却する旨の裁決がされた。

以上に関する経緯は別表二のとおりである。

6  原告賛次の総所得金額、所得控除額、課税総所得金額及び源泉徴収税額(争いのない分)は以下のとおりである。

(一) 総所得金額(別表三の番号<1>の金額) 合計一五六八万三四一九円

(内訳)

不動産所得 三七四万四七一九円

給与所得 一一九三万八七〇〇円

(二) 所得控除額(別表三の番号<2>の金額) 合計 一六七万三六二〇円

(内訳)

社会保険料控除 六一万三六二〇円

生命保険控除 五万五〇〇〇円

損害保険料控除 一万五〇〇〇円

扶養控除 六六万円

基礎控除 三三万円

(三) 課税総所得金額(別表三の番号<3>の金額) 一四〇〇万九〇〇〇円

これは、(一)から(二)を控除し、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により、一〇〇〇円未満を切り捨てた後の額である。

(四) (三)に対する税額(別表三の番号<5>の金額) 四〇三万一五五〇円

これは、所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。)八九条の規定により算出した金額である。

(五) 源泉徴収税額(別表三の番号<8>の金額) 一九二万二〇〇〇円

7  原告喜久子の総所得金額、所得控除額、課税総所得金額及び源泉徴収税額(争いのない分)は以下のとおりである。

(一) 総所得金額(別表四の番号<1>の金額) 一一七万〇六〇〇円

(内訳)

給与所得 一一七万〇六〇〇円

(二) 所得控除額(別表四の番号<2>の金額) 合計 五〇万七〇一七円

(内訳)

社会保険料控除 一一万二〇一七円

生命保険控除 五万五〇〇〇円

損害保険料控除 一万円

基礎控除 三三万円

(三) 課税総所得金額(別表四の番号<3>の金額) 六六万三〇〇〇円

これは、(一)から(二)を控除し、通則法一一八条一項の規定により、一〇〇〇円未満を切り捨てた後の額である。

(四) (三)に対する税額(別表四の番号<5>の金額) 六万九三〇〇円

これは、所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。)八九条の規定により算出した金額である。

(五) 源泉徴収税額(別表四の番号<8>の金額) 六万九三〇〇円

二  争点及び当事者の主張

1  争点

本件の争点は、本件譲渡益が、措置法三五条一項の分離短期譲渡所得に該当し、被告らに対する本件決定等が適法であるか否か、これに該当しない場合には、本件譲渡益を借家権の対価として所得税法三三条一項により総合課税とすべきか、あるいは措置法三二条一項の居住用財産の譲渡所得の特別控除に該当するとすべきかにあり、これらの点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

2  被告らの主張

(一) 本件譲渡益は、措置法三二条一項の分離課税の短期譲渡所得に当たる。

(1) 本件建物を原告賛次に賃貸した清水は、賃貸開始から六年ほど経過したころ、原告賛次に対し、本件土地及び建物を売却したいので立ち退いてほしい旨話をしたところ、同原告から本件土地建物を将来時価で是非買い取らしてほしいとの申し出があったので、他に売却する話は取り止めた。

(2) 昭和六一年九月ころ、清水と原告賛次との間で本件土地建物の売買の話が具体化し、清水は、知人の不動産屋に本件土地が所在する地域の取引相場を調べてもらったところ、坪当たり九〇万円から一一〇万円ということであった。そこで、清水は、相場の範囲内の安いほうの坪当たり九〇万円で本件土地を売却することを原告賛次に申し出たところ、同原告も了承したため、最終的にはきりのいい金額ということで、二億五〇〇〇万円で本件土地建物を売却することになった。

しかし、売買金額の決定に当たっては、借家権の価格が本件土地の価格の何割であるなどということは合意されていないのみならず、全く話題にのぼっておらず、あくまで本件土地が所在する地域の取引相場のうち安いほうの坪当たり九〇万円で本件土地を売却するということであった。そして、被告らの調査によれば、本件土地付近の不動産売買の実例は、この金額に沿うものである。

なお、一般的に借家権は、資産性の乏しいものであり、処分可能性も保証されておらず、居住用借家権を譲渡するという慣習も一般的にはみられないものである。

(3) 原告賛次は、清水から本件土地建物を買い取るための交渉を始めたと同時期の昭和六一年九月ころから、藤産業に対し、本件土地建物を転売するための交渉を始めていた。藤産業は、原告賛次から、坪当たり一三〇万円で本件土地を買ってほしいと申し込まれたが、藤産業では、坪当たり一一〇万円までしか出せないとして、数回の交渉を重ね、最終的には、本件土地付近の値上がりの機運や、物件的な稀少価値から、本件土地を坪当たり一三〇万円で買い取ることで合意し、昭和六一年一一月一〇日に、原告らと藤産業との間で本件土地建物を三億六一四〇万円で売買する旨の契約が成立した。

(4) 原告らは、清水及び藤産業との売買交渉と並行して、昭和六一年一〇月ころから、本件土地建物を売却した後の住居を探し始めており、同年一二月二日に鎌倉市津字蟹田谷一〇四〇番八〇のほか所在の宅地合計三九五平方メートルを八五〇〇万円で取得する売買契約を締結した。また、建物については、昭和六二年二月二〇日に、請負金額を三五〇〇万円とする建築請負契約を締結した。

(5) 原告らと藤産業との間の契約では、本件土地建物の引渡しは昭和六二年二月二〇日となっていたが、原告らの転居先が見つからなかったことから、立退きが間に合わず、引渡しは同月二三日に延ばされた。原告らは、前記建設予定の建物が完成するまでの間、鎌倉市城廻三一一番三所在の家屋を賃貸し、昭和六二年二月二三日ころ転居し、昭和六三年一月三〇日に建物が完成した後、そこに転居し、現在も居住している。

(6) 以上の経緯によれば、原告らが得た本件譲渡益は、原告らが清水から当時の相場の範囲内で本件土地建物を購入し、それを将来の時価上昇を見込んだ不動産業者である藤産業に高く転売したことによって発生したものであり、いわば不動産取引に詳しい原告賛次の営業努力により生じたものであるといえ、借家権の価額というものがあったとしても無視し得る程度のものであったことがうかがえ、このような差益も譲渡所得に当たると解されるところ、原告らが一旦所有権を取得した後に譲渡した本件土地建物は、譲渡した年の一月一日において所有の期間が一〇年以下であることから、分離課税の短期譲渡所得に当たるものである。

なお、措置法三五条に規定する居住用財産の譲渡所得の特別控除の特例の適用には、当該個人が所有者としてある程度継続的に居住の用に供していたことが必要であるところ、原告らが、本件建物に居住する目的で本件土地建物を取得したものではなく、販売の目的であったことは明らかであるから、右の特例には到底当たらない。

(二) 右によれば、原告賛次の納付すべき税額は以下のとおりとなる。

(1) 分離課税の短期譲渡所得金額(別表三の番号<4>の金額)

四一六五万円

右金額は次の<1>の金額から<2>及び<3>の合計額を控除した金額である。

<1> 譲渡収入金額 一億八〇七〇万円

右金額は、原告らが本件土地建物を藤産業に譲渡した際の譲渡金額の二分の一に相当する額である。

<2> 取得費の額 一億二五〇〇万円

右金額は、原告らが本件土地建物を清水から取得した際の対価額の二分の一に相当する額である。

<3> 譲渡費用の額 一四〇五万円

右金額は、原告らが本件土地建物を藤産業に譲渡した際に要した、次の金額の合計額の二分の一に相当する額である。

(a) 三洲企業有限会社(以下「三洲企業」という。)に支払った仲介手数料

二八〇〇万円

(b) 売買契約書に貼付した収入印紙代 一〇万円

(2) 納付すべき所得税額(別表三の番号<9>の金額)

二六三五万五〇〇〇円

前記一の6及び前記(1)により、本件譲渡益に措置法三二条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの、以下同じ。)を適用して算出した金額であり、具体的な算定根拠は別表3のとおりである。

(三) (一)によれば、原告喜久子の納付すべき税額は以下のとおりとなる。

(1) 分離課税の短期譲渡所得金額(別表四の番号<4>の金額)

四一六五万円

右金額は次の<1>の金額から<2>及び<3>の合計額を控除した金額である。

<1> 譲渡収入金額 一億八〇七〇万円

右金額は、原告らが本件土地建物を藤産業に譲渡した際の譲渡金額の二分の一に相当する額である。

<2> 取得費の額 一億二五〇〇万円

右金額は、原告らが本件土地建物を清水から取得した際の対価額の二分の一に相当する額である。

<3> 譲渡費用の額 一四〇五万円

右金額は、原告らが本件土地建物を藤産業に譲渡した際に要した、次の金額の合計額の二分の一に相当する額である。

(a) 三洲企業に支払った仲介手数料 二八〇〇万円

(b) 売買契約書に貼付した収入印紙代 一〇万円

(2) 納付すべき所得税額(別表四の番号<9>の金額)

二〇二四万五八〇〇円

前記一の7及び前記(1)により、本件譲渡益に措置法三二条一項を適用して算出した金額であり、具体的な算定根拠は別表四のとおりである。

(四) 原告賛次の昭和六二年分の総所得金額、分離課税の短期譲渡所得金額及び納付すべき所得税額は前記一6、(一)二2(二)(1)及び(2)のとおりであるところ、被告平塚税務署長の、原告賛次に対する更正処分における右各金額は、別表一の異議決定の区分の各該当記載のとおりであり、前記金額と同額であるから、原告賛次に対する更正処分は適法である。

(五) 原告喜久子の昭和六二年分の総所得金額、分離課税の短期譲渡所得金額及び納付すべき所得税額は前記一7(一)、二2(三)(1)及び(2)のとおりであるところ、被告鎌倉税務署長の、原告喜久子対する更正処分における右各金額は、別表二の各該当欄記載のとおりであり、前記金額と同額であるから、原告喜久子に対する更正処分は適法である。

(六) 原告賛次が納付すべき過少申告加算税額は、通則法六五条一項の規定に基づき、原告賛次に対する更正処分により同原告が新たに納付すべきこととなった税額一八一六万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一八一万六〇〇〇円と、同法六五条二項の規定に基づき、右新たに納付すべき税額のうち期限内申告税額一〇一〇万九五〇〇円を超える部分に相当する税額八〇五万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額四〇万二五〇〇円との合計額二二一万八五〇〇円となるところ、原告賛次に対する決定処分における納付すべき過少申告加算税額は、別表一の該当欄記載のとおり、右金額と同一であるから、同原告に対する決定処分は適法である。

(七) 原告喜久子が納付すべき過少申告加算税額は、通則法六五条一項の規定に基づき、原告喜久子に対する更正処分により同原告が新たに納付すべきこととなった税額一五五八万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一五五万八〇〇〇円と、同法六五条二項の規定に基づき、右新たに納付すべき税額のうち期限内申告税額四七二万九三〇〇円を超える部分に相当する税額一八〇五万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額五四万二五〇〇円との合計額二一〇万八五〇〇円となるところ、原告喜久子に対する決定処分における納付すべき過少申告加算税額は、別表二の該当欄記載のとおり、右金額と同一であるから、同原告に対する決定処分は適法である。

3  原告らの主張

(一) 本件譲渡益は、借家権消滅の対価であり、立退料と同視すべきであるから、長期譲渡所得として総合課税とされるべきである。

(1) 本件譲渡益は、原告らの清水との間において、原告らが借家権を有していることから、借家権価格を本件土地の価格の三割とし、本件土地の時価一坪一三〇万円の七割に当たる九一万円を本件土地の価格とし、これに本件土地の面積二七八坪を乗じた価格から金二九八万円を値引きした二億五〇〇〇万円をもって買取価格とすることに合意し、これを直ちに原告らが藤産業に右時価一三〇万円をもとに算定した三億六一四〇万円で転売したことから発生したものである。

なお、本件土地の時価が坪当たり一三〇万円であることは、原告らが調査した本件土地付近の不動産売買の実例や公示価格の類推からも明らかである。

(2) 借家権の価格を本件土地の時価の三割としたのは、本件建物の賃貸借が九年四か月にわたるものであり、本件建物は風致地区としての別荘地である本件土地の上に建つ一棟建てであり、本件土地及び建物と立地条件、規模、環境などを等しくする代替資産を他に求めることは困難であり、アパート、マンション等の共同住宅にみられるように、代替性があり、容易に賃借し得るものと同様には解されないものからであり、借家権を時価の三割とすることは相当である。

仮に原告らと清水との間で、借家権が本件土地の時価の何割に当たるというような具体的な話しが交わされなかったとしても、客観的にみて借家権が存在する以上、両当事者が暗黙のうちにそれを計算に入れて右のとおり売買価格を決定したものというべきである。

また、両当事者間において借家権をいくらにするかの合意がされなかったとしても、客観的に借家権が存在し、それが売買によって消滅したものという事がある以上、本件譲渡益は借家権消滅の対価として発生したものと解すべきである。

そして、このことは、仮に両当事者が借家権という言葉を知らず、あるいはこれを使用することなく「長年住んでもらったから安くしましょう」ということで売買したとしても同様というべきである。

(3) 原告らが、本件建物を買い受けたことにより、借家権は混同により消滅したが、これは無償で消滅したのではなく、原告らに借家権の負担のない三億六一四〇万円相当の土地建物をもたらしたものである。

(4) 借家法上、借家人は、所有者の承諾なく賃借権を譲渡又は転貸することはできないが、目的物の引渡を受けた後はその後の物権取得者にも対抗でき、更新の拒絶や解約も所有者に自己使用などの正当な理由がない限り許されず、法定更新、解約申入期間の制限、造作買取請求権等により、借家人の側に債務不履行などのない限り、事実上、自らの必要な期間賃借を継続することが可能である。また、賃料についても強く規制され、裁判所の監督が行われているため、長期にわたり継続されている契約の賃料は新しく開始された賃貸借の賃料より通常は低額である。これらの結果、所有者は、借家人を立ち退かせることなく建物を処分することは困難であり、処分するとしても、通常の取引価格に比べて著しく低いものとならざるを得ず、低価格のまま処分するか、借家人に立退料を支払って空家としたうえで処分することとなる。そして、このような差損は借家権の存在により生じているものである。

更に、借家人が当該建物を所有者から買い受けるについては、他の第三者よりも有利な地位と条件で買い受けることができるし、立退く際には立退料の交付を受けることができる。建物の賃貸借が借家人にもたらすこの経済的利益は借家権が一種の資産であることにある。そして、所得税基本通達三三-六は、借家権が資産であることを認めている。

被告らの主張は、元来、資産の増加益である譲渡所得に営業努力によって生じた差益をも含ませようとするもので、不当であり、また、同一目的物につき同一地域、同一場所、同一条件でほとんど同時刻に、坪当たり九一万円と一三〇万円というかけはなれた二つの時価が存在するというもので、借家権の存在をことさら否定しようとするものであり、甚しく不自然である。

(5) 以上のとおりであるから、原告らが本件建物を取得し、それを第三者に転売することにより得た本件譲渡益は、そのまま借家権消滅の対価であり、課税所得の計算上は所得税法三三条一項に規定する譲渡所得に該当し、かつ、その借家権は昭和五二年一一月一日から昭和六二年二月二〇日まで存在したものであるから、同条三項二号に該当し、長期譲渡所得として総合課税とされるべきである。

そして、この場合に、原告らの負担すべき税額は、別表2、5のとおりである。

(6) 本件譲渡益は、借家権の対価であるが、この借家権が仮に原告賛次単独のものであるとすると、この譲渡益にかかる税は同原告が負担すべきこととなり、この場合の原告賛次の負担すべき税額は、別表3のとおりである。

この場合には、原告喜久子納付すべき税額は、前記一7(四)のとおり、六万九三〇〇円であって、この額は、既に前記一7(五)のとおり、源泉徴収によって納付済みである。したがって、別表6のとおり、原告喜久子が新たに納付すべき税はなく、その確定申告は錯誤により無効となるから、同原告に対してされた昭和六二年分所得税の再更正処分については、その確定申告にかかる四六六万円を超えない部分も含め、そのすべてを争う。

(二) 仮に本件譲渡益が借家権の対価とは認めがたいとしても、それは、措置法三五条一項に規定する居住用財産の譲渡所得の特別控除に該当する。

(1) 措置法三五条一項の要件は、<1>居住の用に供している家屋の譲渡であること。<2>親族等に対する譲渡でないこと。<3>前年又は前々年にこの特例及び居住用資産の買換えの特例の適用を受けていないこと、の三つである。

本件においては<2>、<3>については問題ないから、<1>のみが問題となるところ、原告らが本件建物の所有権を取得したのは、遅くとも昭和六二年二月二〇日であり、それを藤産業に転売して所有権を移転したのは、同月二三日であるから、三日の間原告らは本件建物を所有していたものである。

(2) そして、原告らは、昭和五二年一一月一日の賃借以来、昭和六二年二月二三日まで本件建物に居住し生活の本拠としてきたものであるから、たとえ所有の期間がわずか三日間であるといえども、右<1>の要件を満たすというべきである。

この場合に原告らが負担すべき税額は、別表1、4のとおりである。

(3) また、原告賛次が、前記一3の確定申告に際して、平塚税務署の担当責任者に相談したときには、担当官は、本件譲渡益について、措置法三五条一項の適用があると明言していたものである。

(三) 原告らは、被告平塚税務署長の指導に基づいて申告をしたものであるから、少なくとも、信義則上、過少申告加算税を課すべきではない。

第三争点に対する判断

一  (本件譲渡益発生の経緯及びその性質について)

1  本件譲渡益が、第二の一2の経緯により生じたことについては争いがない。

2  甲三一号証の一ないし一六、三七、三八号証、三九号証に一及び二、四〇号証の一、乙一二ないし一四号証、二三号証、二八号証、原告倉石賛石次本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨によれば、本件譲渡益の発生の経緯につき、以下の事実が認められる。

(一) 本件土地建物の売買は、昭和六一年九月ころ、原告賛次と清水との間で具体化し、清水が、本件土地の取引相場を不動産会社を介して調べたところ、坪当たり九〇万円から一一〇万円の範囲であるとの回答を得た。

清水と原告賛次は、それに従い、相場の安いほうの価格である坪当たり九〇万円を基準として、きりのいい価格である二億五〇〇〇万で本件土地建物を売却することで合意に至った。

(二) 右価格を決めるに当たっては、原告賛次が本件建物に昭和五二年以来、九年余り居住してきたこと、その間トラブルもなかったことが考慮され、取引相場の安いほうの価格である坪九〇万円とされたものであって、その際、建物及び庭園設備の価格は考慮に入れられなかった。

(三) 本件土地建物の売買に当たって、借家権についての話題は全く出ず、また、原告賛次は、資金繰りが苦しいので安くしてしいと申し入れたが、本件土地建物を直ちに転売することは黙っていた。

(四) 原告賛次は、当初、金融機関からの融資を得て、本件土地建物を取得するつもりであったが、これが困難となったため、本件土地建物を清水から買い取る話が具体化した。昭和六一年九月ころから、これを転売して、その譲渡益により他の居住する土地建物を取得しようと、その転売の計画を並行して進め、右の融資先であった中南信用金庫平塚支店の支店長から、不動産業者の藤産業を紹介された。

原告賛次は、藤産業との間で、具体的な売買交渉に入り、本件土地建物を坪当たり一三〇万円で買い取ってほしい旨要望したが、藤産業では当初、一一〇万円が限度であるとしていた。しかし、藤産業は、本件土地につき、値上がりの気運があったことや、立地条件の稀少価値等から、原告賛次の右要望を受け入れ、結局、同年一一月一〇日、坪当たり一三〇万円、総額三億六一四〇万円で本件土地建物を売買する旨の契約が成立した。

3  以上1、2によれば、本件譲渡益は、原告賛次と清水との間の売買契約に際し、原告賛次が本件建物を賃借していることによる借家権を特に意識することなく、通常の土地建物の売買としての安めの価格設定がされ、それを更に藤産業に対し、原告賛次の強い要望もあって、より高い値段で転売することによって発生したものと認められる。

そして、本件土地建物を転売した年の一月一日において、所有の期間が一〇年以下であることは明らかであるから、右は措置法三二条の分離短期譲渡所得に当たるというべきである。

二  (借家権消滅の対価との主張について)

1  原告らは、本件譲渡益は、借家権消滅の対価であると主張し、本件土地建物の価格の交渉をするに当たって、まず、借家権価格を本件土地の価格の三割とし、本件土地の時価の坪当り一三〇万円の七割に当たる九一万円を本件土地の価格とする旨の明示ないし黙示の合意をしたと主張する。そして、原告倉石賛次は、本人尋問において坪当り一三〇万円から一五〇万円が相場だが、長く住んでもらっているから、最終的に二億五〇〇〇万円で売ると言ったのは清水であって、お互いに借家権という言葉こそ出さなかったものの、二億五〇〇〇万円を坪当たり単価に直すと約九〇万円になるから、清水の提示した相場の下限一三〇万円の七割に当たり、これは借家権を考慮したからである旨供述する。

そして、乙一二号証、二三号証、原告倉石賛次本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件建物の賃借以来、賃料月額七万円のほか、本件土地建物の固定資産税、都市計画税を負担し、敷金四〇万円を支払い、二年ごとに契約を更新してきたことが認められる。

しかし、甲一号証、原告倉石賛次本人尋問の結果によれば、本件係争年分の確定申告及び異議申立てに際し、原告らは、本件譲渡益が借家権消滅の対価であるとの主張を全くしていなかったことは明らかであり、これによれば、そもそも清水との売買価格が借家権を考慮にいれたうえで決められたものか疑念を抱かざるを得ない。また、乙一三号証によれば、藤産業の取締役である近藤重幸は、本件土地の坪当りの単価の上限は、一一〇万円程度であると認識していたこと、乙一四号証によれば、被告らの調査に係る本件土地の近傍の売買実例によれば、土地ないし土地建物の売買の坪当り単価が一〇〇万円を超える例は相対的に少なく、平均は八六万円ほどであることがそれぞれ認められる。もっとも、原告らの調査に係る本件土地の近傍の売買実例によれば、同様の坪当たり単価は一一二万円から一六〇万円で、その平均は一三三万円であることが認められるが、七例中、四例は鵠沼松が岡一丁目ないし五丁目以外の土地である。

そして、甲四〇号証の一、四一号証、乙二八号証によれば、前記認定のとおり、清水は本件土地の時価が坪当り九〇万円ないし一一〇万円と聞いていたので、安い方の九〇万円で売買することとしたことが認められる。

右のような事実によれば、本件土地の坪当りの時価を九〇万円とみることは、やや低目であるとはいえ、必ずしも不自然とはいえないこと、本件証拠上、原告賛次と清水の間において、借家権という言葉が出ていたとか、これを考慮して時価より一定の割合ないし一定の金額を減額するという話しがされた事実は全く認められないことに照らすと、原告倉石賛次の前記供述はにわかに措信することができない。そして、他に原告らの前記明示ないし黙示の合意を認めるべき証拠はない。

したがって、原告らの右主張は理由がない。

2  次に、仮に、原告賛次と清水との間で、本件土地の価格を算定するに当たって、明示または黙示に借家権価格を考慮に入れた減額の合意がされなかったとしても、原告賛次が長年住んでいたことを考慮して安い価格が設定されたこと自体が借家権を消滅させたことに対する対価であるとの原告らの主張について検討する。

しかし、前述のとおり、当時の本件土地の時価を九〇万円とみることは、あながち不自然とはいえないから、長年住んでいたことを考慮したというのは、あくまで売買の価格を決めるに当たって、長年の人的関係から安い値段での取引を行ったにすぎないという程度のものであるというほかはなく、借家権の対価として当然に原告ら主張の価格の減額が行われたとは認めがたい。

3  なお、原告らは、借家人は、法定更新等の法律上の保護により、必要な期間賃借でき、また立ち退く際には立退料の交付を受けることができるから、借家権は一種の資産であり、これが混同によって消滅したものであるから、本件譲渡益は当然にその現実化であるとも主張する。

そして、借家権が一種の資産として扱われることがあることは否定できないが、性質上、それは借家権のように常に一定の資産価値を有するものとまではいえないこと、本件土地建物の売買は、借家権というものを具体的に考慮に入れることなくされたものであることは前記1、2のとおりであることからすると、このように当事者間で借家権を消滅させる旨の合意なくして、たまたま混同により借家権が消滅した場合についてまで、常に借家権が資産として現実化したものとすることは、借家権の価格をどのように算定するかも明らかではなく、困難であるというべきである。そして、実際にも、右のような場合に、借家権の資産価値に注目し、常に一定の課税がされるべきであるとは解されない。

原告は、借家権を資産として評価すべき根拠として所得税基本通達三十三-六をあげるが、同通達は、借家人が立退きに際して立退料の交付を受けた場合について規定するにとどまるものである。

結局、原告らの右主張も理由がない。

三  (居住用財産の譲渡所得の特別控除に該当するとの主張について)

1  原告らは、仮に本件譲渡益が借家権の対価と認められないとしても、措置法三五条一項の居住用財産の譲渡所得の特別控除に該当すると主張する。

措置法三五条一項の居住用財産の譲渡所得に対する特別控除の制度は、居住用財産を譲渡する場合には、新たな居住用資産を購入することが通常であるところから、旧資産の譲渡所得への課税免除により新資産の購入に際し、旧資産と同程度、同規模のものを購入できるように保証するという趣旨で設けられたものということができる。したがって、右趣旨及び同条が連年の適用を制限していること(原告らの主張する要件<3>)を併せ考えれば、同条一項にいう「個人がその居住の用に供している家屋」に該当するためには、当該家屋を、真に居住の意思をもって、ある程度の期間継続して生活の本拠とするとともに、相当の期間その家屋の所有者であったことが必要というべきである。

2  これを本件についてみると、前記一2(四)のとおり、原告賛次は、本件土地建物を清水から買い取る話が具体化していた昭和六一年九月ころから、これを転売する計画を進めており、現に、清水から本件土地建物を譲り受ける契約を締結した昭和六一年の一一月一〇日には、藤産業に対して、本件土地建物を転売する契約を締結したものであり、また、乙一〇ないし一三号証、原告倉石賛次本人尋問の結果によれば、原告らが本件土地建物の所有権を清水より取得したのが昭和六二年二月二〇日であり、藤産業に対してそれを引き渡したのは、同月の二三日であって、しかも当初の藤産業に対する引渡し予定日は同月二〇日であったところ、原告らの引っ越しの都合から、二三日となったことが認められる。

これらによれば、原告らが本件建物の所有者として居住していたのはわずかに三日であるばかりか、原告賛次の当初の計画では所有権を取得すると同時に転売する予定であり、所有者であった三日間についても、原告らの引っ越しの都合から居住したにすぎないものと認められるから、本件土地建物の譲渡が、措置法三五条一項にいう居住用財産の譲渡に当たるとは到底いえない。

したがって、原告らの主張は理由がない。

四  (過少申告加算税の賦課決定について)

原告らは、被告平塚税務署長の指導に基づいて確定申告をしたものであるから、少なくとも、信義則上、過少申告加算税を課すべきではないと主張し、原告賛次も、本人尋問において、平塚税務署長の係官から措置法三五条の適用を受けられる旨指導されたと供述する。

しかし、原告賛次がその前提として説明したとするところも、一一月に買い取って翌年の2月に更に譲渡するということであって前記一2で認定した経過と異なるばかりか、原告らの確定申告が平塚税務署長の指導に基づくものと認めるべき適切な証拠はなく、その他、信義則上、原告らに過少申告加算税を課すべきでないとする理由は見当たらない。

したがって、原告らの主張には理由がない。

五  (結論)

1  以上によれば、本件譲渡益は、分離課税の短期譲渡所得に当たることとなり、これは、原告両名に平等割合で発生した利益である。

2  そして、乙一〇、一一号証によれば、原告らが本件土地建物を藤産業に譲渡した際に要した譲渡費用(以下「譲渡費用」という。)は、

(a) 三洲企業に支払った仲介手数料 二八〇〇万円

(b) 売買契約書に貼付した収入印紙代 一〇万円

であり、その合計額の二分の一に相当する額は、一四〇五万円となる。

3  1、2によれば、原告賛次の納付すべき所得税額は、本件譲渡益一億一一四〇万円の二分の一に相当する五五七〇万円から、譲渡費用の二分の一に相当する一四〇五万円を差し引いた四一六五万円が分離課税の短期譲渡所得金額(別表三の番号<4>の金額)となるところから、これに措置法三二条一項を適用して算出した所得税額は(具体的な算定根拠は別表三のとおり)、二六三五万五〇〇〇円(別表三の番号<9>の金額)となる。

4  1、2によれば、原告喜久子の納付すべき所得税額は、本件譲渡益の二分の一に相当する五五七〇万円から、譲渡費用の二分の一に相当する一四〇五万円を差し引いた四一六五万円が、分離課税の短期譲渡所得金額(別表四の番号<4>の金額)となるところから、これに措置法三二条一項を適用して算出した所得税額は(具体的な算定根拠は別表四のとおり)、二〇二四万五八〇〇円(別表四の番号<9>の金額)となる。

5  以上によれば、原告賛次の納付すべき所得税額は、二六三五万五〇〇〇円、同じく原告喜久子の納付すべき所得税額は、二〇二四万五八〇〇円となり、これらは、本件更正処分等により原告らに課されることとなった所得税額と同額であるから本件更正処分等は適法であり、これを前提としてされた本件決定処分も適法であるから、本件決定等はいずれも適法となる。

したがって、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 裁判官 今井弘晃)

物件目録

(一)土地

所在   藤沢市鵠沼松が岡壱丁目

地番   七参九参番七七

地目   宅地

地積   弐壱壱・五七平方米

所在   藤沢市鵠沼松が岡壱丁目

地番   七参九参番壱00

地目   宅地

地積   壱六五・弐八平方米

所在   藤沢市鵠沼松が岡壱丁目

地番   七参九参番壱九八

地目   宅地

地積   五参八・八四平方米

(二)建物

所在   藤沢市鵠沼松が岡壱丁目七参九参番地七七、壱00

家屋番号 七参九参番七七

種類   居宅

構造   木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺弐階建

床面積  壱階 九壱・弐参平方米

弐階 参弐・六九平方米

別表一

原告賛次に対する課税処分等の経緯

<省略>

原告喜久子に対する課税処分等の経緯

<省略>

別表三

原告賛次に対する所得税額の計算明細書

<省略>

別表四

原告喜久子に対する所得税額の計算明細書

<省略>

別表1

原告 賛次

措置法35条1項

<省略>

別表2

原告 賛次

借家権を2分の1とした場合

<省略>

別表3

原告 賛次

借家権を賛次のものとした場合

<省略>

別表4

原告 喜久子

措置法35条1項

<省略>

別表5

原告 喜久子

借家権を2分の1とした場合

<省略>

別表6

原告 喜久子

借家権を賛次のものとした場合

<省略>

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